仏跡巡礼の旅

仏教遺跡・仏教美術

仏教美術サンチー

サンチー仏塔群

お釈迦様のご入滅後二百年前後して、仏教はインドの地域宗教からインド全土、そしてスリランカやアフガニスタンなどに広く伝わりました。
そのきっかけとなったのが紀元前3世紀にインドを統一したマウリア王朝のアショーカ王による「法による統治」でした。
「鬼のアショーカ」といわれる程に強大な力でインドの統一を目指したアショーカは、全国統一を成しえた後、深く仏教に帰衣をし、自らもお釈迦様の聖地を巡礼するなどし、仏教を世界宗教として広めました。

勿論、都を置いたガンジス河流域がその拠点でしたが、この地も南北交通の拠点であり、アショーカ王の后の出身地に近いこともあって、この地にもアショーカ王の建立による仏塔が造られました。
また、初転法輪の聖地サールナートのアショーカ王柱の柱頭飾りと同じ四頭獅子像の彫刻があり、スリランカに王子のマヒンダをはじめ、現在のアフガニスタンやペルシャに仏教使節が送られた拠点であったことが判ります。

この遺跡は、19世紀初頭に英国人に発見されるまでジャングルに覆われ、歴史から忘れ去られていたこともあって、当時の仏塔の姿を今に伝えてくれる貴重な存在です。
現在、サンチーには丘の頂きに第一塔と第三塔があり、丘の中腹に第二塔の計三つの仏塔が残っています。

最も大きく有名なのが第一塔で、高さ16m、直径36mの大仏塔です。 仏塔を護る欄楯(柵)には数々の彫刻が施され、特にトラナと呼ばれる四方の門、そして門の上部を飾る梁に施された仏伝の彫刻は素晴らしく、人物や神、夜叉、悪魔など、美しく精緻な彫像があるにもかかわらず、偉大なお釈迦様の姿を現すことが憚られたのか、お釈迦様の姿を「仏足」や「法輪」、「傘蓋」、「菩提樹」などで表した仏伝の彫刻が施されており、仏像誕生前の様子を知ることができます。
また、それぞれの彫刻や石畳には「~のために喜捨する」と文字が残され、当時の彫像技術のすばらしさを知ると同時に、当時の人々の仏教への篤い信仰を知ることもできます。

第一仏塔の北東にある第三仏塔は三つの仏塔の中では最も小さな仏塔で、第一仏塔と同じ意図ながら、欄楯の一部が残るにすぎません。
この仏塔は舎利佛尊者と目連尊者を記念して建立された仏塔だといわれています。

丘の中腹にあるのが三塔の中では最も古いといわれる第二塔です。
欄楯にはトラナのような門はなく、欄楯の彫刻も花や神などごくごくシンプルなものが彫刻されています。
一説では、アショーカ王に仏教を教授した高僧「ウパグプタ」師の仏塔であるという説や、アショーカ王にゆかりのある高僧の仏塔だといわれています。

さて、サンチーの遺跡はどうしてもこれらの仏塔群が有名ですが、仏塔を中心とした僧院跡も立派です。
まだまだ、彫刻や柱、梁などが未整備で雨ざらしの状況ではありますが、二階建ての僧院跡や馬蹄形の寺院建築様式など、広大な寺院があったことを窺い知ることができます。

ご興味にもよりますが、お好きな方にはゆっくりと一日をかけてご参観いただきたい遺跡です。

ちなみに、丘の麓に州立博物館があり、サンチーから出土した彫像などが展示されています。
サールナートのように完全な姿ではありませんが、四頭獅子像の彫像は博物館に展示されています。

サッダーラ仏塔群

サンチー仏塔群の東約9kmにサッダーラ仏塔群があります。
渓谷に沿って大小40近くの仏塔の跡が残る遺跡で、近年発掘されました。
サンチーのような彫刻類はありませんが、点在する仏塔は、当時に相当な規模の寺院があったことを物語り、第一仏塔では「アショーカ王時代の石組みを見ることができます。