仏跡巡礼の旅

インド お釈迦様ゆかりの地

ご成道の地ブダガヤ(ブッダガヤ、ボードガヤー)

大塔内 本尊釈迦像〔ブダガヤ〕

大塔内 本尊釈迦像〔ブダガヤ〕

ブダガヤはビハール州第二の街ガヤの南約11kmにあり、お釈迦様が悟りを開かれた聖地として有名です。
町の名は、お釈迦様にちなんで「仏陀のガヤ」がその由来になっています。
悟りを開かれた場所には現在聖大菩提寺(マハー・ボディー寺)が建ち、寺を中心にした寺院町となっています。
町の東側には尼蓮禅河(ナイランジャナ川)が流れ、本来のブダガヤ村は寺と川に挟まれたところにあり地元の人々のためのバザールで賑わっています。
一方、寺の西側は各国の寺院やホテル、ゲスト・ハウスが建ち並んで新市街となっています。
仏教徒にとって最も大切な聖地であるブダガヤには、最も歴史のある日本の超宗派で建立された印度山日本寺をはじめとして、大乗教インド別院があり、タイやチベットなど諸外国寺院も建立され、それぞれの寺院を参拝するだけでも違いをご覧いただけます。
また、トラベルサライでは学校建設などのボランディアのお手伝いもさせていただいており、学校訪問や地域の人々との交流などにもご案内しています。

聖大菩提寺(マハー・ボディー・マンディール)【世界遺産】

大精舎大塔〔ブダガヤ〕

大精舎大塔〔ブダガヤ〕

ブダガヤで最も大切で世界中の仏教徒が参拝におとずれるのが聖大菩提寺です。
この地はお釈迦様が悟りを開かれた地で、小高い丘の中にあり、参道から20段ほどの階段を下りて参拝しますが、イスラム教が侵入する際、大切な聖地を護ろうとする人々によって聖地に土をかぶせたのだという話を聞くと、当時の人々の仏教に対する敬意を感じることができます。

大菩提寺で最も大切な場所は金剛宝座と菩提樹で、金剛宝座はお釈迦様が座されたところに、紀元前3世紀、マウリア王朝アショーカ王により建立されたといわれ、悟りにゆかりの深い菩提樹(四代目といわれる)とともに結界で大切に護られています。
聖大菩提寺の中心となるのが金剛宝座の東に建つ高さ52mの大精堂で、本堂にあたりお釈迦様の悟りの姿である降魔成道仏が本尊として安置されています。
金色に輝く本尊は春秋の衣、夏の衣、冬の衣と、年に三度僧侶の手によって着替えをされます。 以前には②回の蔵経楼にも上れましたが、現在は閉鎖されています。

境内には他に、悟りを開かれた後に立ち行をされた場所や風雨から守ったとされるムチャリンダ竜王が住むといわれる池、悟りを得られた後に供養を受けられてた地などがあります。
聖大菩提寺は
インドには仏教がないといわれますが、全ての宗教に開放されているために、聖大菩提寺の境内では、上座部仏教徒や大乗仏教徒、チベット仏教徒がそれぞれの作法で法要を行い、普段接する機会の少ない礼拝の姿を見ることができます。

例えば上座部仏教の法要では金色や黄色、また純白の布を持ち大精堂の回りを右繞しながら参拝し、チベットの人々は大精堂に向かって五体倒地を繰り返し、また、境内の回廊を尺取り虫のように五体倒地しながら進んでいる姿などを見かけることもしばしばです。

また、お釈迦様もヒンズー教でいうビシュヌ神の化身であることからヒンズー教徒の熱心な礼拝を見ることができます。
特に、ヒンズー教のお盆にあたる「ピンディー・ダン」の法要などは興味を惹かれます。

最近には、ダライラマ猊下により寄進されたお釈迦様生涯のレリーフが北側の側壁に設けられ、南側にはタイの国王により寺院と公園が寄進されました。

尚、参拝の際は境内全て靴を脱いでの参拝となります。 入場料はございませんが、カメラ撮影料、ビデオ撮影料が必要です。

スジャータ村(スジャータ記念塔)とスジャータ寺院、苦行林

スジャータ村(インド・ブダガヤ)

スジャータ村(インド・ブダガヤ)

聖大菩提寺の東、尼蓮禅河を渡ったところにセーナニ村があります。 この村はファルグ河と尼蓮禅河が合流する三角州にある村でスジャータが住んでいた村として有名です。
お釈迦様が悟りを開かれる前、六年間の苦行生活をされておられましたが真理への道ではないとして苦行を止められ、尼蓮禅河で沐浴をされました。 断食を含めた苦行生活でやせ衰えたお釈迦様は、緩やかな流れの尼蓮禅河で沐浴をされた後、やっとの思いで体を川岸に体を横たえておられたところ、スジャータという娘が通りかかり、近くの寺院に供えるために用意していた乳粥をお釈迦様にと差し上げました。
お釈迦様の晩年、生涯の中で価値のある供養としてスジャータの乳粥のことを語られたこと

もあり、スジャータを供養するために記念塔(ストゥーパ)が建てられました。
尚、このストゥーパからは仏舎利は見つかっておりません。

乳粥を差し上げるスジャータ

乳粥を差し上げるスジャータ

また、スジャータ記念塔の東にヒンズー教の寺院があり、スジャータが毎日のように礼拝に訪れていた寺院であろうとされています。
寺院には乳粥を差し上げる姿の像が安置されています。
ちなみに、寺院の南に幅1メートル程の小川が流れており、この小川が尼蓮禅河とする説もあります。
スジャータ寺院へは記念塔からあぜ道を徒歩で約10分。
または、ブダガヤより小型車であれば直接訪ねることができます。
また、スジャータ寺院の東、ファルグ河の川岸にヒンズー寺院があり、お釈迦様が苦行をされたウルビーラの林があった地であろうとされ、寺院の一角に苦行仏が安置されています。

苦行の地に座す苦行仏

苦行の地に座す苦行仏

 ウルビーラ樹は現在どのような木であったか判っておりませんが、タイの高僧の研究により、この地が苦行の地とされました。
この地では、お釈迦様がサールナートでの初転法輪や教化の後に、この地方で有力な行者であったウルビーラ・カッシャパを教化した地でもあるとされています。 苦行林へはスジャータ寺院から徒歩で約15分。 小型車であれば直接訪ねることができます。

仏伝では、苦行中に五人の苦行仲間ができたのですが、乳粥というインドで最も大切で滋養のある牛乳と米、砂糖を使った供養を受けられたことで、「堕落した」としてお釈迦様のもとを去り、サールナートに向かったとされています。

前正覚山

前正覚山、登山道

前正覚山、登山道

ブダガヤの北東約7kmのところにあるのが前正覚山で、尼蓮禅河の川岸やスジャータ村から双瘤の山のように見える山です。
お釈迦様が苦行を止められ、スジャータの乳粥供養を受けられた後、瞑想をされようと山の中腹にある洞穴に登られました。
仏伝によると、瞑想をされようとして座そうとされた時、山が三度振動したとされ、山の神が出でて「この地は真理を得るのには適さない山です。 この地の南東にある菩提樹下に向かわれるように」といい、この地に来られた記念としてお釈迦様の蔭を残されたと云われています。
現在、その洞穴はチベット寺院により護られており、熱心な参拝者が訪れる聖地となっています。
洞穴内は15人程が座れる広さがあり、中央には苦行中の姿の像が安置されています。
ろうそくと線香のくゆる中でひとときを過ごすとき、お釈迦様がおられるような錯覚に陥ります。
寺院を少し下ったところからブダガヤ大精堂を遠望することができます。

前正覚山へは中型車以下の車で訪ねることができ、駐車場から100メートル程の坂を登って参拝いたします。
最近は駐車場から駕籠を利用することも可能になりました。

印度山日本寺

印度山日本寺本堂

印度山日本寺本堂

印度山日本寺はブダガヤに最初に建立された仏教寺院で、インド独立後に初代首相のネルー氏の「仏教の故郷ブダガヤに是非仏教寺院を」との依頼により、日本の宗派を越えて建立された寺院です。
境内は日本建築の本堂をはじめ、貧しい子ども達のための菩提樹学園や貧しい人々のための光明施療院などがあります。
日本寺は日本からの駐在僧がおられ、朝夕には座禅会が行われています。
本堂には本尊釈迦牟尼仏が安置され、背後には国境や民族を越えて釈尊の法に接する人々が描かれています。
また、本堂の壁面にはお生まれからご成道までのお釈迦様の生涯に関する壁画があり、日本人だけではなく欧米人なども参拝に訪れています。

ブダガヤ大仏(大乗教寺院)

ブダガヤ大仏

ブダガヤ大仏

ブダガヤ大仏は大乗教の方々により建立された大仏様で、ご成道の聖地に向かって座されています。
道路からはなかなかご覧いただけないのですが、上座部仏教徒やヒンズー教徒の参拝者で賑わっています。
大仏の周囲にはお釈迦様の十大弟子の立像が建立されています。
大乗教寺院は印度山日本寺の東、徒歩で5分のところにあります。
また、大仏の北隣には大乗教印度別院があり、宿坊に宿泊することができます。

各国寺院巡り

タイ寺院

タイ寺院

ブダガヤはご案内しましたように仏教徒にとっては最も大切な聖地であり、前出の日本の寺院をはじめとして各国の寺院が建立されています。
街道から最も近く立派なのがタイの寺院で、龍を表した屋根と煌びやかな本堂が印象的です。
タイなど上座部仏教国(蔑称:小乗仏教)の仏像は金色に輝き、独特のお姿をされています。
ちなみに、上座部仏教国では仏像にお尻を向けての写真撮影や僧侶に女性が触れることは禁忌されており、参拝の際にはご注意下さい。

一方、ブダガヤで最も沢山建立されているのがチベット仏教の寺院です。

チベット寺院

チベット寺院

寺院の屋根に鹿野苑での説法の姿をシンボル化した法輪とその左右に鹿があり、一目でチベット仏教の寺院であることが判ります。
蔑称でラマ経と言われるように、お釈迦様の座像を本尊にしていますが、必ずラマ(活仏)の席が設えてあり、読経の際に僧侶が交いする席が設けられています。
長いホーンとシンバルを用いた独特の礼拝は、印象的でしょう。 チベット仏教の寺院には僧院も併設されており、ヤクの角をイメージして、窓の左右と下を黒く塗られており、独特の印象です。
毎年12月から1月にかけて高僧方の法要や説法会があり、チベットの巡礼者で賑わいます。

ブダガヤ近郊 釈尊ゆかりの地

象頭山

象頭山

象頭山

ガヤ市の南側にある小山で、象の頭の形に見えることから象頭山と呼ばれています。
この地は、お釈迦様がカッシャパ三兄弟の三男「ガヤー・カッシャパ」を教化した地であるとされています。
また、この地で最初に教化したカッシャパ三兄弟とその弟子千人に向かって、王舎城(ラジギール)への布教を宣誓された場所であるともされています。
有名な「いざ行こう!! 欲望という名の炎で燃えさかる王舎城の炎を消しに」という言葉がここで発せられました。
一方、諸説ありますが、お釈迦様と袂を別ったダイバダッタがこの地でなくなったとも云われています。
象頭山山頂にはヒンズー教の祠があり、ヒンズー教徒の人々は山頂の寺院への長い階段を上って行きますが、お釈迦様の遺跡はその中腹にあり、お釈迦様の座像と仏足石が刻まれています。

鶏足山(ガヤ郊外 ガヤから車で約1時間)

鶏足山 仏塔

鶏足山 仏塔

ガヤ市の東の郊外に山が鶏足山です。
この地は、お釈迦様の亡き後に教団をまとめたマハー・カッシャパ(大迦葉尊者)が入滅をされた地であるとされ、その際、お釈迦様亡き後56億7千万年後に次の仏陀(弥勒仏)が現れる地と預言をされました。
山頂には金色に輝く仏塔が建ち、四室の祠を持つ小堂が建っていて、四室の内の二部屋に仏足石と小レリーフ(彫刻片)が安置されています。
弥勒仏信仰に篤い台湾の方が多いようで、仏歴2555年に山頂への階段が整備されました。
鶏足山へは道路がなく、近くの鉄道駅まで小型車で行き、駅前からは徒歩での参拝となります。 ちなみに階段は1300段程あり、駅前からですと、通常登りに1時間から1時間半を要し、下りは1時間程度を要します。

バラバール石窟(ガヤ郊外 ガヤから車で約1時間)

バラバール石窟

バラバール石窟

ビハール州の州都パトナとガヤを結ぶ幹線の途中を東に折れた岩山の中腹にあるのがバラバール石窟です。
バラバール石窟は、紀元前3世紀にインドを統一し、仏教を国教として世界宗教への道を開いたマウリア王朝アショーカ王により、当時栄えていたアージヴァカ教徒のために寄進された石窟で、その内のひとつは、その後、アショーカ王の妻により仏教教壇に寄進されたとされています。
ひとつの岩山に四カ所の石窟が開窟されており、彫像群こそありませんが、二カ所にアショーカ王の当時の碑文が残っています。
また、石窟の内部は竹葺きや藁葺きの民家を思わせるような小堂が掘られており、初期の石窟寺院の様子を窺い知ることができます。
尚、唯一の仏教石窟には、入り口に飾り彫刻が残っています。
有名ではありませんが、初期の石窟寺院の様子を知ることができ、大変に貴重な石窟だといえるでしょう。
また、橋がないので乾期の水がない時期にしかご案内出来ませんが、このルートを辿ると、ブダガヤ~ガヤ~バラバール~クルキハール~カロール~ラジギールとう当時の道中も見えて来るようです。

ちなみに岩山の町道にはヒンズー教の寺院があり、縁日には参拝の人々で賑わいます。 2011年に訪ねた際には、ヒンズー教徒の修行者が登り口の庵で修行をしておりました。 曰く、一言もしゃべらないという行をしているそうです。
旅の道中に、予期しない出会いに会うのも旅の楽しみです。

バラバール石窟へは、中型バス以下のサイズの車で参観が可能です。
駐車スペースよりバラバール石窟へは階段を200段程上って参拝します。